3行まとめ
・10月23日、放送大学、岡部洋一学長が、文章削除に関する経緯の説明を公表。
・東京大学、佐藤康宏教授はその説明には、同意できない、とのこと。
・試験問題を採用したあと、政権批判を含む、と一方的に「不適切なため」削除の通告をした宮本みち子副学長は、一億総活躍国民会議の有識者構成員に選ばれていた。
経緯
放送大学:政権批判を自主規制① 「政治的中立とは、政権から距離を保つこと」
岡部洋一学長の説明に佐藤教授が異議
10月23日、放送大学のサイト上に、岡部洋一学長の説明が掲載された。
http://www.ouj.ac.jp/hp/o_itiran/2015/pdf/271023.pdf
筆者も、学長の説明を求めていたため、迅速な対応は感謝する。
しかし、この学長説明は、放送法第4条しか触れておらず、
憲法23条学問の自由、憲法21条言論の自由と検閲の禁止については触れていないため、改めて質問を送る。
この学長説明の中で、佐藤康宏教授が同意できない、としている部分は以下である。
本学では、試験実施後、キャンパスネットワークホームページに試験問題を公表するに際し、このような本学の考え方を同教授にお伝えしましたが、残念ながらご理解をいただけず、本学の責任において一部削除した上で公表することとしました。
http://www.ouj.ac.jp/hp/o_itiran/2015/pdf/271023.pdf
佐藤康宏教授によると
「試験問題の公開に先立って、その訂正を大学から求められたり依頼されたことはありません。
受講生の疑義を伝えるメールには、もし訂正などあれば連絡を、という文面でした。
その次は、いきなり一方的に削除を告げる宮本副学長からの通告です。
大学としては削除の措置に決定したという通知であって、それは理解を求めたといわれても同意できないです。」
試験問題の文章削除の時系列
佐藤康宏教授に協力を得て、時系列をまとめた。
問題作成
3/14頃 | 佐藤教授 ↓ 放送大学学務部学生課単位認定係 |
試験問題提出 |
4/21 | 放送大学試験委員会委員長 宮本みち子 ↓ 佐藤教授 |
校正用のゲラが送られてくる。 |
5/1まで | 佐藤教授 ↓ 放送大学 |
問5、9、10について若干の字句の修正をして送付。 |
学生の疑義→放送大学→佐藤教授
7/26 | 学生から大学に疑義 | 「現政権の批判ともとれる文章があった」 (670名受験し、この疑義が1件あったとのこと) |
7/28 |
単位認定試験係 |
学生の疑義の報告。 |
7/28 | 佐藤教授 ↓ 単位認定試験係 |
問題文の主旨に賛成しようが反対しようが回答に差は出ない。 学生には、戦前・戦中期の美術について考えるのに、現在の時点からの批判的な意識を持ってほしいとは望むが、そういう意識が無くとも、知識があれば答えられる問題。 試験問題としての不備はないので対応する措置もない。 |
7月26日の試験のあと、学生からの疑義が一件、放送大学にあった。
その疑義を放送大学の単位認定試験係が佐藤教授に連絡し、複数回答などの成績処理が必要か、設問の修正が必要か、という事務的な指示を乞うた。
それに対し、佐藤教授は、回答に差は無く、試験問題としての不備はないのて対応措置はない、と回答。
突然、一方的な削除の通告
その後、8月2日に宮本みち子副学長から佐藤康宏教授に通知が届く。
それは、試験問題の文章を5行削除する、という通知であった。
「5行分の内容は、出題者としての先生の現政権に対する批判です。
先生の主義主張は別として、多くの受験者の目に触れる試験問題の中で、(略)
現在審議が続いているテーマに関する自説を述べることは放送大学の単位認定試験の在り方として認めることはできません。」
として「教学執行部で検討した結果」次の措置をとると通告していた。
1.学生から疑義が出た場合、大学が必要と判断した科目についてはHP(学生のみが閲覧可能)に回答を掲載している。
本科目については「冒頭5行分の記載は不適切であったため削除する」ことを掲載する。
2.単位認定試験問題は試験終了後学生に公開することになっている。
そうなれば問12に対してさらに疑義が寄せられる可能性がある。
そこで問12の中の5行分を削除して公開する。
3.出題科目をテストバンクに登録するに際して問12は5行分を削除したものを使用する。
筆者は驚いた。
1件の学生の疑義の報告は「現政権の批判ともとれる文章があった」というのみで、どの部分か具体的に指示していない。
「5行」と決めたのは、放送大学側である。
そして、その削除理由を掲載する際「不適切」という表現をすることを、一方的に通告しているのである。
これは、学者として、佐藤康宏教授が承服しかねるのはもっともである。
しかも「不適切なため削除」を通告した宮本みち子副学長自身は、
試験委員会委員長として、一旦、試験問題を了承して使用しているのである。
一方的な「不適切なため削除」の通告を受け、佐藤教授が抗議
8/6 | 佐藤教授 ↓ 単位認定係 |
(宮本みち子副学長に転送依頼) 貴学の措置は承服しかねる、措置の撤回か、さもなくば私の客員教授の辞任の承諾を。 問題文の導入部は、もちろん現政権を批判しているが、 戦前・戦中期の美術を考える上で現時点での問題意識を持って振り返るという意味ではありうる視点であった。 出題した問題の中で、この設問に対する正答率がきわめて高いのは 受験者が自らに引き寄せて取り組んでくれたからではとまでいうのは言い過ぎか。 削除されるほど不適切な問題とは思えない。 これまで8年間、教材や試験問題の作成にさまざま配慮をしつつ取り組んできた。 このたびの措置は撤回を。さもなくば辞めさせてほしい。 |
8/7 | 単位認定係 ↓ 佐藤教授 |
副学長にメールを転送した。 |
8/7 | 佐藤教授 ↓ 単位認定係 |
きわめて残念。 |
宮本みち子副学長から面談の申し入れ
8/27 | 宮本みち子副学長 ↓ 佐藤教授 |
単位認定試験の試験問題の件で、放送大学の見解を伝えた。 |
8/27 | 佐藤教授 ↓ 宮本みち子副学長 |
どうぞ。 このたびの措置を撤回して頂く以外に妥協の余地はない。 |
そうして、9月2日に、宮本みち子副学長、来生新(きすぎ・しん)副学長、田中学生課長の3名が、東京大学佐藤康宏教授の研究室を訪問する。
「今のあなたと同じところに座ってね、3名でいらっしゃいました。」
筆者とケンパルは、現代美術の仕事をすることもあり、美術史を学びたく考えていたところでもあった。
放送大学生の中でも、佐藤教授の日本美術史の科目が無くなることを残念がる声も多い。
そのことを伝え、辞任の意志は固いのか佐藤教授に質問した。
「そうですね、ここで話し合いましたが『辞めないでくれ』という話もありませんでした。
『5行分の問題を削除すること』と『日本美術史という授業を続けること』とどっちにしますか、
とこちらは問うているんですね。
放送大学は削除するほうが大事だということでした。」
このように、時系列をみると、放送大学側の理不尽な模様が明らかになる。
①学生の疑義から採点処理は必要かという事務的なやりとりがあったあと、突然一方的に文章削除の通告。
➁「不適切なため削除」には納得がいかないと抗議するも、大学側の削除のまま公開される。
➂試験問題は、放送大学試験委員会委員長宮本みち子氏の名前で了承して使用したにも関わらず、
現政権の批判は認められない、放送法第4条に抵触すると宮本みち子副学長から一方的な削除の通告がくる。
ちなみに、この一連の取材の途中の10月21日に、宮本みち子副学長が、
安倍首相が座長の「一億総活躍国民会議」の有識者の構成員ということが発表された。
佐藤康宏教授の試験文章が、政権礼賛であれば削除対象になっただろうか、という疑問は残る。
本学では、試験実施後、キャンパスネットワークホームページに試験問題を公表するに際し、このような本学の考え方を同教授にお伝えしましたが、残念ながらご理解をいただけず、本学の責任において一部削除した上で公表することとしました。
この部分に際し、佐藤康宏教授は
「大学としては削除の措置に決定したという通告が突然きたのであって、それは考え方を伝え理解を求めたといわれても同意できない」
と話すのは頷ける。
「政治的中立」は政権礼賛は取り締まるのか
また、放送大学は「不適切」な削除の根拠を放送法第4条と説明するが、
放送法を所管する総務省の「放送法には触れない」というコメントはどうとらえるのか。
単なる自主規制である。
佐藤教授はこうも話す。
「今後とも、放送法の過剰解釈によって、教員の『不適切』な言行をいつでも好きなように取り締まる、という宣言ではないでしょうか。
政治的中立という言葉は、政権に批判的な意見を公の場から排除するためにもっぱら用いられ、
迎合的な立場がこれによって批判されることはまずないと思います。」
卒業文集の書き直し
筆者は、DAYS JAPAN2月号に、ある小学生の卒業文集用の作文を掲載した。
将来の夢、という題のその作文は「国会議員になりたいという夢ができた、それは6年生のときに起きた2つの政策が原因だ」と
日本が武器を輸出できるようになってしまったことを憂い、その議論があまり国民に知られることがなく閣議決定していたことを驚く。
そして、「一生けん命勉強して、国会議員になって、『平和な国』と永久に誇れる国に変えていきたい」と結ぶ作文である。
しかし、DAYS JAPAN掲載後、筆者のもとに連絡がくる。
この作文は政権批判を含む、として書き直しを命じられたという。
ご両親は小学生を支持したが、小学生は書き直す決断をした。
担任の先生は良い先生なこと、作文を褒めてくれた先生が後で大変なのではないか、など考えたという。
後日、あらためて小学生からの手紙にはこうあった。
「自分の考えを入れない作文に書き直しました。」
卒業文集の作文は、林間学校などの思い出をつづるものになっていた。
小学生の母親はこう話す。
「たかだか小学生の作文に、『政治批判を含む』とはどういうことでしょうか。
大きくなったら安倍総理みたいになりたい、積極的平和のために自衛隊に入りたい、などと書けば、
書き直しは命じられなかったのではないでしょうか。」
当該の小学校の教育委員会は、この件を関知していなかった。
小学校内での自主規制であった。
筆者は、教育現場で、政権批判を自主規制する事例を取材したのはこれで2例目である。
政権礼賛を自主規制する事例はあるのだろうか。
もし、そういう事例があれば、取材をしてみたく思う。
今回、佐藤教授の試験問題から削除された文章は以下だ。
「現在の政権は、日本が再び戦争をするための体制を整えつつある。平和と自国民を守るのが目的というが、ほとんどの戦争はそういう口実で起きる。1931年の満州事変に始まる戦争もそうだった。それ以前から政府が言論や報道に対する統制を強めていた事実も想起して、昨今の風潮には警戒しなければならない。表現の自由を抑圧し情報をコントロールすることは、国民から批判する力を奪う有効な手段だった。」
「表現の自由を抑圧し情報をコントロールすることは、国民から批判する力を奪う有効な手段だった。」
これをまさに、放送大学が実施しているのは皮肉な結果である。
研究室でのやりとり抜粋
Q.放送大学の今回の対応について。
まぁ、過剰防衛だと思いますが私は。放送法で、というんですけどね。
試験問題は放送法の規制対象外ですからいってるんですけども、
来生副学長はそちらは「一体のものである」というようなそういうご意見で、どうしてもそれを曲げないのですね。
まぁ、総務省も「放送法の対象外だ」ということを言っているようですから。
やっぱり過剰防衛だという私の意見は間違いではないと思うんですけれども。
Q.もし東京大学で同様のことがあったとしたら?
個々の試験問題なんていうのはみんな教員の裁量範囲内のことですから、まぁ何の問題にもならないと思いますけれども。
Q.東京大学では、同じような試験文章を作られたことはありますか。
それはありません。
もちろん、学生が受験をして試験問題に対して疑義があったらそれはもちろん大学に訴えるという、そういうことが起こると思います。
Q.今後は本当に放送大学では授業はされないのでしょうか。
そうなりますね。
Q.今後きちんともう一度授業なり集会の場などで議論をしていただけないか、
ということを考えてるんですが、それはやっぱり難しい話でしょうか。
難しいというか、まぁやっても無駄だと思いますよ。
今更向こうも措置を取り下げるつもりはないでしょうし、今後のこととしては
「もうこういう過剰防衛とか自主規制はやめたら」ということを申し上げたい。
今後同じようなケースは避けていただきたいと思います。
今この国は自主規制の帝国みたいなことになっていると思いますから。
表現の自由がこの国ある、とか無邪気に信じている人は余程幸せな方で、
まぁそんなことはないですからね。
Q.これは私の個人的な思いなのですが、佐藤先生はぜひ戦っていただきたいと思いますが、いかがでしょうか。
うんざりして嫌気がさしていて「辞める」と言ってますのでそれはもう、、。
まぁ今日、新聞から先ほど電話を貰いましたけれども、
北海道で「安倍政権は許さない」と書いたクリアファイルを持っているかどうか調査するという話になりましたよね。
そういう事とかをつなげて、まあ、どう思いますか? みたいなことを聞かれましたけれども。
あの、まぁとにかく自主規制はやめて頂きたいと。
規制して当面は問題が無いように過ごせても規制することで
逆に、もっと大事なものを殺してしまうということがあるわけですから、
まぁちょっと、よくよく考えてその自主規制なるものはやって欲しいですね。
Q.前期で単位を落とした方は後期で再試験を受けられるとか、
そういう措置はがあると思うのですがこれも一切なしになるということですか。
いや、これはそもそも任期が終えてから半年間はその追試みたいな試験の仕事をしなくちゃいけないということがあるので、来年度それはやります。
試験だけという最後の半年分の仕事はやります。
つまり、今回も途中でやめたら2学期の授業がなくなってしまうのですね。
今年度いっぱいやります、だから今年度終えた後の半年間の追試ですか、そこまではやります。
Q.今現放送大学にいる学生に向けて何かメッセージをいただけたらと思います。
(しばらく考えていらしてから)
この件に限りませんが、日本美術史を自分自身の問題として、
他人事ではなく自分自身の問題として考えていっていただきたいということを伝えたいです。
Q.今回佐藤先生がこの問題を「U P」に書いてくださったからこそ今回私たちが知ることができました。本当にありがとうございます。
いえ、こちらも何か書いたほうがいいだろうと思いましたから書きました。
Q.放送大学の先生同士での交流なり、連絡をとったりという事はありますか?
それはもうほとんどないんですよ。
我々客員と呼ばれていても要は非常勤ですからね、単年度契約で雇われている身ですから、
まあ多分正規の職員として放送大学で働いている人たちとは違うと思います。
Q.今回「U P」にもありましたが、佐藤先生がこの1年前に収録した授業だけではなく、
今回の試験問題にメッセージをわざわざ込められた。というこの5行に込められた思いというのを
もう一度お聞かせいただければと思います。
まあそのきな臭い法案の審議の最中であったわけですが、
この問題の15年戦争、過去の美術の話ではありますが、
現在自分の身の周りで起こっている事を意識しつつ本当に自分の問題として考えていただきたいな。
というそういうつもりでした。
(最後に筆者はこう発言していた)
おそらく学ぶ側としても記事を読む側としてもその、いろいろな意見があって
それを判断するのは最終的に受け手だと思いますので、原発事故の取材を通しても思う事ですが、
どこかの第三者が自主規制をするというのが一番問題の生じる部分だと思います。