3行まとめ
・放送大学が、単位認定試験において「日本美術史」の試験文章が一部「現政権への批判を含む」とし、大学側が担当教官の同意なく5行を削除した。
・放送大学側は「放送法に抵触する」ことが理由と説明していたが、放送大学側の措置こそ、学問の自由、検閲の禁止の憲法には抵触しないのか。
(筆者は放送大学に在籍しているため、学生番号を書き、放送大学学長にこの内容を質問状を速達で郵送した。)
・文章を削除された東京大学、佐藤康宏教授に取材をした後、放送大学学長の説明が公表されたが、佐藤教授に取材した事実と異なっていた。
(放送大学側の佐藤教授への説明・措置について、発表された文章は疑義がある。
佐藤教授に、大学側からのメール、FAXの日付を確認させて頂いた)
削除された文章と試験問題
2015年度1学期単位認定試験において、7月26日第4限の日本美術史の試験(択一式)が実施された。
その後、8月7日から放送大学のサイトで、学生向けに試験問題の文章と回答が公表された。
その際、主任講師であり、試験問題を作成した東京大学、佐藤康宏教授の同意を得ずに、試験問題の文章が一部削除されたのである。
削除された文章は以下。
「現在の政権は、日本が再び戦争をするための体制を整えつつある。平和と自国民を守るのが目的というが、ほとんどの戦争はそういう口実で起きる。1931年の満州事変に始まる戦争もそうだった。それ以前から政府が言論や報道に対する統制を強めていた事実も想起して、昨今の風潮には警戒しなければならない。表現の自由を抑圧し情報をコントロールすることは、国民から批判する力を奪う有効な手段だった。」
全12問の設問のうち、最後の12問目である。
試験問題を見ると、この文章は回答に影響を与えない。
問12は、文章の下線部①~➄の正誤を問うもので、削除された文章のあと、美術史の中で戦争と芸術家についての例が挙げられる。
村山知義、柳瀬正夢、小林多喜二、津田青楓、藤田嗣治、国芳康雄、松本竣介などについての解説があり、
文章の中のいくつかの人名に下線がひかれ、そのうち誤っているものを選択する設問であった。
なお、設問11では、古田織部が主人公の漫画「へうげもの」 について言及している。
その漫画に関する感想の会話の中から正誤を選択するようになっている。
「途中で読むのをやめてしまったんだ、最初はとってもいい感じで始まったんだけどね」
「せっかく歴史上の画家が登場するのに、彼らの描く絵画がつまらないの」
という漫画への批評も問題文章には含まれている。
佐藤康宏教授はこう話す。
「試験問題を利用して政権批判をしたという見方もあるようですが、それは違います。
日本美術史を身近に感じてもらうためなら何でも使うのが私の立場です。
漫画を批評するのはよくて、世相を題材にするのはだめ、ということなのでしょうか」
放送法に抵触するため、試験文章を削除?
毎日新聞の報道による、放送大学の来生新(きすぎ・しん)副学長のコメントは下記である。
「学問や表現の自由には十分配慮しなければいけないが、放送大学は一般の大学と違い、放送法を順守する義務がある。試験問題も放送授業と一体のものと考えており、今回は放送法に照らし公平さを欠くと判断して削除した」
http://mainichi.jp/select/news/20151020k0000m040166000c.html
しかし、朝日新聞の報道によると、放送法を所管する総務省は「法に触れない」との立場で、「過剰な規制」と指摘しているという。
http://digital.asahi.com/articles/ASHBN3S91HBNUTIL01D.html?rm=637
(この放送法に抵触するかどうかについての部分は、放送大学と総務省に、筆者も取材を継続している)
放送大学の講義は、TV放送、ラジオ放送をしているが、試験問題は学生に紙で配布され、回収される。
そして、その後放送大学のサイトで試験問題と回答が掲載されるが、これは放送大学の学生しか閲覧できない。
このような性質の試験問題にまで、果たして放送法が適用されるのであろうか??
確かに、放送法第4条には以下のようにある。
しかし、日本国憲法には、学問の自由、言論の自由を保証し、検閲の禁止も書かれている。
今回の措置は、日本国憲法に抵触しないのだろうか。
なぜこの文章を盛り込んだか
他の大学教授複数名を取材すると
「講義の中で政権批判、政治批判、政治家批判をすることは、ままある。
現政権批判が学問的議論に必要な場合は多々ある。(筆者注、経済学、政治学、哲学の教授に取材した)
しかし、講義の中で発言することはあっても、試験問題に出すことは必要だったのであろうか」
そういう疑問も聞こえてきた。
東京大学、佐藤康宏教授に取材し、この点を伺った。
「放送大学は、通常の大学の講義とは異なり、まとめて制作したものを何年も使います。
一旦、講義を制作してしまえば、更新が容易でないため、
講義の内容を補足するために、時事的な問題は、これまでも試験問題で扱ってきました。
今回、試験問題の冒頭に記載したのは、戦前・戦中期の美術について、いまに生きる自身の問題として考えてほしい、という学生へのメッセージです。」
放送大学の講義は、TV放送、ラジオ放送など公開で放送される。
なので、そこにこそ放送法が適用され、様々な要求を受け入れながら授業を作り上げていると教授は話す。
この『日本美術史』の科目は2014年度開講で、通常その後、数年程度、同内容を放送する。
この科目の制作は、2013年後半から2014年初旬までだったという。
2014年12月に特定秘密保護法が施行され、当該の試験期間であった2015年7月は安保関連法案が審議されていた。
戦争に翻弄された芸術家の歴史を、いまいちど、自分自身の問題としてとらえてほしいという学生への想いを伝えるために、再放送している講義ではなく、試験問題の文章に盛り込んだと佐藤教授は話した。
放送大学は、政治的中立の立場を放棄!?
今回の一連の経緯が発覚したのは、東京大学出版会「UP」10月号の佐藤教授の寄稿からである。
ここに、詳細が書かれていた。
この中に、会田誠氏の東京都美術展の企画展での騒動にも言及されていた。
1人の友の会の会員からのクレームの電話をきっかけに、美術館が作家に作品の改変や撤去を提案した騒動だ。
クレームがついた会田誠氏の展示は、「文部科学省に物申す!」という檄文である。
「教科書検定意味あんのか」「従順人間を作る内申書というクソ制度」「もっと教師増やせ」「教師働かせすぎ」などなど檄文がびっしり書かれた巨大な作品である。
騒動、論争の結果、展示は続行され、美術館への客は増加した。
佐藤教授は寄稿の中でこう書いている。
「政治的中立とは、政権から距離を保つことであって、政権の意向を慮ることではない」
筆者はこの点について、佐藤教授と研究室で話し合った。
政治的中立とは、自主規制、黙ること黙らせることではなく、政権から距離をとって、独立して思考・行動することである。
寄稿の最後の文章はこうだ。
「美術館は危うく政治的中立の立場を放棄するところだった。」
放送大学の現状の措置は、政治的中立の立場を放棄しているのだ。
(放送大学、岡部洋一学長から経緯の説明が公表されたが、佐藤教授の話と齟齬がある。続いて、その内容をまとめる。)
(宮本みち子副学長への疑義もあるので続いてまとめる。)