3行まとめ
・環境省環境保健部長(公害担当の部署の部長)は歴代、原発事故後の住民の健康調査の検討委員会の委員を務めている。
・「水俣病のノウハウをいかして」という自己紹介で、原発事故後の健康調査に加わった。
・原告(被害者)の健康調査を、被告(加害者)がおこなっているのが現状である。
環境省・環境保健部長は、自動的に検討委員会の委員に
検討委員会とは
原発事故後、福島県民の健康調査は、「福島県民健康管理基金」が国から福島
県に、30年間で約1032億円ほどおりており、「県」が主体となっておこなう。
そのうち「県民健康調査」の事業委託を受けているのが福島県立医科大で、甲状腺検査や妊産婦調査などをおこなっている。
その結果が定期的に報告されるのが、「県民健康調査検討委員会」で、その結果について有識者の委員が議論している。(という形である)
歴代の環境省・環境保健部長が、県の委員に
2021年10月15日に第43回検討委員会が開催され、基本的に2年ごとに改選される委員は一部顔ぶれがかわった。残留の委員もいる。
(任期が10年を超え、座長を歴任し続けている星北斗座長のような委員もいる)
下記の名簿を見てほしい。毎回、当然のように「環境省 大臣官房環境保健部長」が、検討委員会に「委員」として存在する。
新任の環境省環境保健部長・神ノ田氏、前任の環境省環境保健部長・田原氏は、たまたま検討委員会の任期2年のタイミングで交代したが、以前は、検討委員会の委員の任期に関係なく、単に、環境省の人事異動のタイミングで、検討委員会の委員を交代していた。
梅田珠実氏(第24回~第35回)
前任の北島部長の後を引き継ぎまして、環境省保健部長に着任いたしております梅田と申します
https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/191373.pdf
北島智子氏(第16回~第23回)
7月15日付で塚原部長の後任で参りました北島でございます
https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/87061.pdf
塚原太郎氏(第12回~第15回)
佐藤敏信委員の御異動により、塚原太郎環境省環境保健部長に新たに委員に就任いただき、今回より出席いただいております。
https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/6442.pdf
地方自治体の審議会に、環境省の委員は妥当か?
2009年に「審議会等の整理合理化に関する基本的計画」という閣議決定が出ている。
これを指針のひとつとして、行政監査をおこなっている自治体もある。
そこには、こう書かれている。
>委員等については、行政への民意の反映等の観点から、原則として民間有識者から選ぶものとする。<
そして、国の行政機関職員や議員は、委員とすべきでない、とも書かれている。
行政への議論を行政職員がするのもおかしいし、議員なら議会で議論すべきだ。
例外として、属人的な専門的知識や経験がある人物は、行政機関職員や議員であっても委員とすることは排除しない、ともある。
つまり、環境省・環境保健部長がその職に着任しただけで、自動的に福島県の委員会の委員に着任するということは、この指針からまるきりはずれているのだ。
さて、どのような経緯で、環境省の環境保健部長は、就任と同時に自動的に福島県の委員となることになったのか。
また、環境省の環境保健部というのはどういった部署なのか。
環境省・環境保健部の自己紹介「水俣病のノウハウを活用できれば」
環境省の環境保健部長は、第5回(2012/1/25)から第7回(2012/6/12)まで、委員ではなく「オブザーバー」として参加していた。
環境保健部長が、オブザーバー初参加の際の議事録を引用する。
私ども環境保健部では、古典的な公害病であります水俣病や大気汚染などを担当しております。そうした経験やノウハウの一部が活用できればということで、細野大臣の御下問のもと参上いたしまして
https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/6490.pdf
環境保健部とは、アスベストや水俣病など様々な公害問題に対応している部署である。筆者は、不勉強ではあるが、泉南アスベストの訴訟や、水俣病の訴訟なども取材している。そこで環境省・環境保健部の対応をよく知っている。(いくつか後述する)
環境省の「水俣病など公害問題の経験やノウハウ」など、被害者切り捨ての歴史である。胸をはって、自らにノウハウがあると、公害問題に関して、環境省はよく言えたものである。逆に、こうして自己紹介して、原発事故後の住民の健康調査に入ってくる恐ろしさもある。
環境省・環境保健部長が出張ってくるということは、国は最初から、原発事故は公害として扱い、また、健康調査には水俣病などのノウハウを生かす、と明言しているのである。
第8回(2012/9/11)から、環境省・環境保健部長はオブザーバーから正式な委員となる。そのときの挨拶が下記である。
「なぜ、環境省の環境保健部長がこんなところにとお思いの方もいらっしゃるかもしれません」と言い、環境保健部は、水俣病やイタイイタイ病、大気汚染などの公害への対応をやってきた、と説明する。
そして、「政府を代表して、県民健康管理調査にも関与させていただく」と発言するのである。
環境省環境保健部長が検討委員会参加の経緯の文書は「不存在」
過去の環境省・環境保健部長は、官僚の立場からか、あまり発言をしなかった。しかし、要所要所で、方向性を決定づける提案をし、それがあたかも「検討委員会で、初めての提案」のように見せかけ、その実、もう環境省では予算を組まれていた、ということも実際にあった。
また、最近の環境保健部長・田原氏と星座長の蜜月ぷりも気になった。(前々回の委員会中に、星座長は「田原さん、何かありませんか」と発言を促すことが6回もあった。他の委員には挙手をしても「後にしてください」と発言の機会を与えないことも数度あったのにも関わらず)
そして田原氏の提案は、実質的に甲状腺検査の学校検査を縮小の報告に向かわせるものでもあった。
(それに抗議するため、成井香苗・元委員や、福島のNPO「はっぴーあいらんど」などが、署名を集め、福島県に提出している)(下記)
筆者は、改めて、環境省の環境保健部長が、県の委員会に委員として出席している経緯を明らかにしたいと考え、情報開示請求をした。
前述の検討委員会の議事録(第5回、第8回)を資料として添付して
「細野大臣の御下問のもと参上いたしまして」などにも絡め、環境省に開示請求した。
「福島県県民健康調査検討委員会に、環境省・環境保健部長が委員として参加することになった経緯に関するもの全て」という請求である。
しかし、結果は不開示であった。
「開示請求に係る行政文書が不存在のため、不開示」
環境省に無ければ、どこにあるというのだろうか????
水俣病における環境省・環境保健部
第11回検討委員会(2013/6/5)から桐生康生氏が、環境省・環境保健部・放射線健康管理担当参事官としてオブザーバー参加した。
筆者は、水俣病とアスベストの取材を通して、桐生康生氏の名前に見覚えがあったので、大変、驚いた。
下記は環境省の官僚の名鑑である。桐生康生氏は2011年以降の経歴しか書かれていない。
しかし、筆者は、アスベストの取材の際に、厚労省の名鑑も入手していた。
筆者が、特に桐生康生氏の名前を調べていたのは、水俣病認定を求める関西訴訟のFさん訴訟において、信じられないことがあったからである。
環境省が医師に見解に反する証言を強要
筆者はFさん訴訟の弁護団の1人を知っていた。
筆者の大阪の単独ライブに、もともとよく観にきてくださっていた。
筆者が東京に移り、原発事故の取材を始めたときに初めて「実は自分は弁護士をしていて、水俣病の訴訟の弁護団もしている。」と明かされた。
そして、原発事故は、今後、水俣病のように訴訟が増えるだろうから、水俣病のことも知っておいたほうがよい、といろいろなことを教わった。
原告Fさんの水俣病認定を求める訴訟だったが、最高裁判決を迎える前に、Fさんはお亡くなりになり、娘さんが原告を継いでいる。
写真は原告Fさんの娘さんである。
Fさんの訴訟は一審判決では原告勝訴で、被告の国・県は控訴した。
しかし、控訴審では原告が逆転敗訴する。
そのあと、驚くべき連絡が、弁護団に入ったというのだ。
その連絡は、新潟水俣病の研究経験がある、当時、国立国際医療研究センター国府第病院(千葉県)の名誉院長であった佐藤猛医師からである。
国側の証人として、佐藤猛医師が出廷を要請があったという。
佐藤医師は「原告Fさんは明らかに水俣病であった」と証言しようとすると
環境省の担当官に
「証言の際、『認定審査会』の判定は妥当であったと証言してほしい」
つまり、水俣病ではないと証言してほしいと要請される。
それを断ると、その後も数回、環境省から同様の要請をされたという。
結局、佐藤医師の出廷は立ち消えになったというのだ。
結果、環境省は原告Fさんが水俣病ではない、と証言する医師を揃え、大阪高裁では原告敗訴になった。
その結果を報道で知り、驚いた佐藤医師が、原告の弁護団に連絡し、この一件が判明したのだ。
筆者はこの件を、弁護団から直接聞いたが、本当にそんな虚偽の証言の要請を国の省庁がするのだろうか? と思う方もおられるだろう。
筆者も当時、記事に書いたが、下記は朝日新聞で報じられた記事である。
筆者は、弁護団からこの話を聞き、虚偽の証言を要請した環境省の担当官は誰か、どういう指示か、当時調べていた。
その当時の環境省環境保健部・特殊疾病対策室長が、桐生康生氏だったのである。(特殊疾病対策室が、水俣病の対応をする環境省の部署である)
Fさん訴訟を取材していた筆者が、すぐに原発事故の健康調査で桐生氏の名前を目にするとは思わなかった。
Fさん訴訟は、最高裁判決で差し戻しとなり、熊本県が上告を取り下げ、原告が逆転勝訴、水俣病患者と認定される。
しかし、繰り返すが、原告は亡くなった後の判決である。
(しかし、放射線健康管理担当参事官としての桐生氏は一部、フェアな部分もあったことを付け加えておく。
予定があったのか、桐生氏が検討委員会の終了前に抜けたことがあった。
それをこっそり追いかけたのが、放射線審議会の座長である丹羽太貫氏であった。丹羽氏はラフな格好で、麦藁帽をかぶり、傍聴席に座っていた。
しかし、丹羽氏を見分け、桐生氏を追いかけた丹羽氏を見て、筆者もこっそり後を追い、素知らぬ顔で同じエレベーターに乗った。
すると、丹羽氏は、桐生氏に
「韓国の甲状腺スクリーニングのデータを使って、過剰診断にすればいい、韓国のデータ使えばいい」と仕切りに話しかけ、資料を渡そうとしていた。
桐生氏は「韓国のデータは成人なので、福島は小児だから参考にならない」と資料を受け取らずにやり過ごそうと苦心されていた。
それを見て、筆者は、桐生氏らは、このような様々なロビー活動にさらされているのか、と感じた。
また桐生氏は、自分がその任から移動するときに、担当であった「東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」(通称「あり方会議」において、「置き土産」をしていった。
それは第8回のあり方会議で、原発事故の汚染は影響がある、調査に問題がある、と主張する研究者、医師らを、外部有識者として、会議で発表させたのである。
「もう移動するので、最後におきみやげです」と筆者は直接、桐生氏から聞いた。
しかし、置き土産ではなく、常に、被害に対して最大限の調査をすべきである!!)
溝口訴訟、最高裁判決後の環境省交渉
Fさん訴訟の最高裁判決と同日、溝口訴訟の判決もあった。
溝口秋生氏のご母堂の水俣病認定を求める訴訟である。80歳という高齢の溝口氏の、お母さまの認定を求める訴訟である。
溝口氏は
「自分の後ろに訴訟をおこせなかった被害者がたくさんいる。
一言でいいから、国は母に謝ってほしい、という一念で裁判を続けてきた」
と話されていた。
そして、勝訴が予想された最高裁判決のあと、環境省交渉の場が予定されていた。筆者は当日、ずっと取材を続けていたが、19時から予定されていた環境省交渉は、なぜか環境省の都合で、21時に遅らされた。
朝から最高裁判決を迎えていた溝口氏は80歳、支援の方々も高齢の方が多い。19時からの交渉も辛いのに、21時は酷い、皆そう話していた。
そして、21時の環境省交渉。集まった人数にとても見合わない狭い部屋に案内され、すし詰めで動けない状況だった。
溝口氏は環境省・環境保健部特定疾病対策室長らに、
「一言、すまなかった、と母の遺影に言ってもらえませんか。
勝訴したら言ってもらえるとのことでした」と何度もおっしゃられた。
しかし、回答はこうだ!
「5日前に赴任したばかりなので、過去の経緯、約束は知りません」
特定疾病対策室長は、着任したばかりなので、「勝訴したら謝罪する」という約束など知らない、と回答する。
話が違う! 最高裁判決の日にちなど分かっていたはずだ! という怒号が部屋内に飛んだ。
そのうち、溝口氏の隣に座って補佐をしていた永野三智氏が叫ぶ。
「この人がメモを渡した! あやまらないって書いてあった!」
特定疾病対策室長に、「あやまらない」という走り書きのメモを隣の人間が回したというのだ。
室長の隣席の人物は、慌てて、そのメモを背中に回した。
しかし、次の瞬間、永野氏は、環境省らと隔てている長机に潜り込み、背中のメモを奪った。そして叫んだ。
「やっぱり! あやまらない、って書いてある!」
訴訟の弁護士らは、すぐにメモを返すよう、永野氏を取り押さえようとした。行き過ぎた行為、と感じたのだろう。
筆者は部屋の後ろの方に座って身動きが取れなかったが、椅子の上に立ちあがり、こう叫んだ。
「みっちゃん! そのメモをこっちに投げて!」
永野氏はそのメモを丸め、私に投げた。
そして撮影したメモは下記である。
(ちなみに、室内にいた全てのメディアも、撮影した。)
メモには、
健康被害に対してあやまる
上告したことについては あやまらない
とある。
しかし、前述の写真でも分かる通り、対面で近距離での秘密裏のメモ渡しでは、しっかりと十分に読み込むことはできない。
特定疾病対策室長は、メモの最後の「あやまらない」だけが目に入っていたようだった。永野氏と同様に。
最終的に、環境省・環境保健部特定疾病対策室らは、被害に対してもあやまらなかった。
(ちなみに、このメモのことで、永野氏と筆者は、乱暴なことをするな、と弁護団にこっぴどく怒られた。)
(しかし、筆者は同じ状況になれば、同じことをまたやるだろう、とツィートしたら、永野氏からも「強く同意します!」と返ってきた)
下記は、永野三智氏の記事である。
溝口秋生氏が、訴訟を通して、ご母堂への謝罪を求めていたこと、それは認定を求めながら棄却された水俣病患者や、 未検診死亡者(水俣病の認定を求めている途中に、検診を十分に受けられないまま亡くなった人)への謝罪であることが分かる。
歴代の環境保健部長が、原発事故後の健康調査の委員である酷さ
アスベストや水俣病の訴訟を取材してきた筆者が、
「水俣病や大気汚染など公害のノウハウが活用できれば」
という自己紹介で、環境省・環境保健部長が、福島県民健康調査検討委員会の委員に入ってきたことの脅威を、いかに感じているか分かってもらえただろうか。
県民健康調査検討委員会の委員でもある福島大学の富田哲先生は法学がご専門である。
検討委員会で、検査縮小の議論があがったとき、このようなコメントをされていた。
「公害の歴史的に見て、国家賠償が発生するような場合、
調査こそ、住民の利益となります。
健康調査、環境調査、それが広範に大規模になされ、
被害が立証されることが住民の利益で、歴史的に国家はできるだけ調査をしない方向に持っていこうとします。
なので、検査継続、拡大は住民の利益と、法学の観点から考えます。」
全国で、原発事故の集団訴訟が約30件ほど提起されている。
そのうち、高裁判決まで進んだものが4件ある。
生業訴訟、群馬訴訟、千葉訴訟、愛媛訴訟である。
群馬をのぞいた3件の高裁判決は、国と東電の著しい責任があるとし、原告勝訴である。
しかし、それは「責任論」であって、「損害論」では、原告の要求と程遠い水準となっている。
つまり原発事故を起こした責任はあるが、その汚染・被害は原告の主張は認められていないのだ。
原発事故の取材を続ける筆者は、被害の調査が不十分であることを各所で見ている。
それだけではない。原発事故の県民の健康調査に、環境省・環境保健部部長が「公害のノウハウを活用」するために委員として入っているということは、
原告の健康調査を、被告がしているということ、
被害者の健康調査を、加害者がしているということに他ならない。
過去の、そして現在も続く公害の「環境省のノウハウ」を知らねばならないのは私たちだ。
どうやって被害者を切り捨てるか、調査をせずに被害を小さく見積もっていくか、その歴史を知らねばならないのは私たちである。
最後に、成井香苗・元委員の検討委員会での発言を引用する。
「子どもの甲状腺がんを調査していった結果、原発事故の影響があった、もしくはなかったという結果、どちらかの結果が出ますよね。
https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/191373.pdf
私はどちらの結果でも県民にとって、子どもたちにとって良い結果だと思います。
被ばくの影響が無かったという結果であれば、自分たちは大丈夫となり、
被ばくの影響があったという結果であれば、きちんとそれを認めてもらって
国の政策によって対応され、ちゃんと補償されていく。
どちらにしろしっかり調査をすることが子どもたちのためになります。」
第24回検討委員会 (2016/9/14) 議事録より
原発事故の訴訟も、そして水俣病の訴訟もまだ続いている。
その他、様々な公害・薬害の訴訟も存在する。
国の対応が十分なのであれば、なぜ訴訟はおこるのか。
80代の方が、お母さまの水俣病認定を求め、一言、謝罪してほしいと訴え続けなければならない社会なのか。
溝口氏への取材メモを、筆者は改めて見返した。
「 私はチッソよりも、行政を恨んどります」
「本当に日本には法というものがあるのかと思います。
うちのおふくろの場合は、資料は意図的に県がなくしました。 」
福島県の県民健康調査検討委員会に、環境省・環境保健部長が「水俣病など公害のノウハウを活用できれば」と委員として入っていることについて、改めて、問題提起したい。
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