3行まとめ
・福島第一原発のタンクに貯留している汚染水(通称トリチウム水)の処理について8月末に公聴会が開かれる。
・ALPSで処理できない核種がトリチウムということで議論が進んできたが、他の核種も告示濃度限度を超えているものがある。
・既設ALPSと高性能ALPSは、使用前検査を終えておらず、「HOT試験中」という状態で処理を続けている状態である。
※2018/8/24、「HOT試験とは」「使用前検査とは」追記しました。
※2018/8/24、8月23日東京電力定例会見での質問回答を追記しました。
用語解説
ALPS(アルプス)Advanced Liquid Processing System:多核種除去装置。62核種を除去できるという汚染水処理装置。
既設ALPS:東芝製。2013年3月試運転開始。250m3処理の3系統。3系統を点検・交換しながら交互に使う。(トラブル続き)
増設ALPS:東芝製。2014年9月試運転開始。250m3処理の3系統。3系統を点検・交換しながら交互に使う。2017年10月使用前検査終了証受領。(一番使える)
高性能ALPS:日立製。2014年10月試運転開始。500m3の1系統。(1系統のみ大容量で、使い勝手が悪い)
ALPSとトリチウム水のおさらい
福島第一原発の1号機、2号機、3号機とも、燃料が溶け落ちて炉内に散らばっている。
それを大量の水を入れて冷却している。(8/16時点で各炉に日量67m3)
その核燃料に触れた高濃度汚染水がそのまま建屋地下に流れ落ちており、それを汲み上げて、セシウムと塩分をざっと採ったもの(RO処理水)をもう一度炉に戻して冷却水として再利用し、もう一方の高濃度の濃縮塩水を貯留している。
その濃縮塩水は最終的に多核種除去装置(ALPS)を通して、処理できないトリチウムを高濃度に含んだトリチウム水となり、タンクに貯留され続けている。
このトリチウム水の処理をどうするか、2013年から経産省資源エネルギー庁にて議論が続いており、2018年8月末に初めての公聴会が開かれる。
汚染水の処理工程
滞留水:建屋地下の高濃度汚染水
<原子炉内の溶け落ちた核燃料に直接触れた冷却水が地下に流れ落ちているため非常に高濃度>
↓↓
【セシウム吸着装置(キュリオンまたはサリー)】
<おもにセシウムを数万分の1に除去>
↓↓
【淡水化装置】→→4割がRO処理水(淡水)<原子炉にもう一度戻して冷却水となる>
↓↓
6割が濃縮塩水
<ALPSが順調に稼働しなかったため、高濃度の汚染水をタンクに貯め続けることになり、リスクを下げるためストロンチウム処理装置に通して、ストロンチウム処理水となっているケースもある>
↓↓
【多核種除去装置:ALPS】
<62核種除去。トリチウムだけは処理できない>
↓↓
ALPS処理水(通称トリチウム水)
トリチウム以外も含まれるトリチウム水
実はALPSは元々あまり処理しにくい核種が存在する。ヨウ素129などである。
既設ALPSの資料では
>処理水において、4核種(Co-60、I-129、Sb-125、Ru-106)が比較的高く検出<
増設ALPSの資料では
>I-129については、比較的早い傾向で性能の低下が見られるが、既設ALPSのインプラント試験で得られた性能維持期間と同等であることを確認。(想定通り)<
といった分析結果が見られている。
I-129があまり処理できないのは「想定通り」とは驚く。
これに対応するには、吸着材を高い頻度で交換すれば良いのだが、稼働率が低下するため、告示濃度限度に近づくまで交換をしない。
そのため、報道されているような、トリチウム以外で告示濃度限度を超えた核種が含まれてしまっている。
既設ALPSと高性能ALPSは使用前検査をしていない!?
1.なぜまだ既設ALPSを使っているのか?
筆者は、過去の資料やデータを調べるうち、妙なことに気がついた。
既設ALPSのB系の除去能力の分析結果が見当たらないのだ。
筆者の過去の取材メモを調べると、既設ALPSのB系は漏えいなどトラブルがとても多かった。
既設ALPSはトラブルが多かったため、その代替として増設ALPSと高性能ALPSが作られたはずである。
なぜ、まだ既設ALPSを使っているのか?
同様の疑問を、原子力規制庁の山形浩史緊急事態対策監が今年7月6日の監視・評価検討会にて質問している。
○山形対策監
単純な質問なんですけど、普通ALPSは初代というのがあって、増設があって、高性能があって、そうすると普通は古いのより高性能を使って、何かあったときにはバックアップで昔のが出てくるというのが普通だと思うんですけど、何で高性能がメーンになっていないんですか。○小林(東電)
処理量との関係で、これはフランジタンクの処理と、あと日々発生する汚染水を着実に処理する量として、タンクの建設スピードを設定しておりますが、それに応じて運転能力の調整のしやすい既設多核種と増設多核種を中心に運転してきていると。
これまではこの2種類の多核種除去設備を使うことで、十分な処理量が稼げるというふうに考えておったんですけれども、実態のところは少し処理量が足りていないということですので、処理量の増加については鋭意検討しているという状況でございます。○山形対策監
理解できないんですけど、昔のALPSと増設ALPSと高性能ALPSがあって、昔のALPSのほうが使いやすいから、そっちをずっと使っているんですというふうに聞こえたんですけれども、そんなに使いにくい高性能ALPSをつくってしまったんですか。○小林(東電)
高性能多核種除去設備は1系統のみの構成でできております。すなわち、運転すると処理量がかなり大きく稼げるんですけれども、処理量の調整が少ししにくいという性質のものでございます。○梶山(東電)
補足いたしますと、既設・増設ALPSともに実は3系統ずつの系統を持ってございまして、それぞれの運転とか保守の観点から運用をしやすいということで、そちらをメーンに使っているというのが実態でございます。今回は、御指摘ありましたように、高性能のほうは処理量が大きくて、調整のほうは、なかなか既設ALPSほどではないんですが、今回のバックアップとしてそれを準備していくということで、今計画してございますので、これからに向けてのリスク対策としては、そちらのほうも含めて検討してまいっております。○山形対策監
あまりここで議論しても進まないみたいですけど、どう考えても基本設計段階で、この500にしたというのが間違いだったということですか。そうすると、すごく使いにくくなってしまったと。でも、これから処理量増やすんであれば、500をメーンにして250ずつ増やしていくというのが普通のような気がするんですけれども、ここ細かい運転計画の話になるので、また次回までに御返答いただければと思います。
トラブルの多い既設ALPSの代替として作られた作られたはずの高性能ALPSだったが、
①500m3という大きな処理能力なので処理量の調整がしにくい
➁3系統ではなく1系統なので、交互の保守点検がやりにくい。
という理由から使いにくいため、既設ALPSと増設ALPSに頼らざるを得ない状況なのである。
(山形対策監は、「理解できない」「どう考えても基本設計段階で間違いだった」とコメントしている)
既設ALPSと高性能ALPSの使用前検査はいつ?
既設ALPSの3系統のうち、トラブルの多かったB系の除去能力の処理分析結果はどこにあるのか、東京電力に取材した筆者に驚愕の答えが帰ってきた。
「無いですね。」
ーー無い??
「はい、既設ALPSは使用前検査もやっておりません。」
ーー使用前検査をしていない? けど本格運転中で、その処理水のトリチウム水処理の公聴会も開かれますよね?
「はい、使用前検査をしておらず、HOT試験中という状態です。」
資料を調べると、2018年5月時点で、既設ALPSのみならず、高性能ALPSも使用前検査が終了しておらず、HOT試験中のままである。
既設ALPSは緊急時対応として作られ、海外製機器、一般汎用品などが多く、JSME規格等(設計建設企画、溶接企画)の対応が図られていない。
なので溶接検査等の検査を受検するための必要書類が整っていなかった。
既存ALPSは使用前検査を実施せず、HOT試験のまま、本格運転に移行しているので、ステイタスとしては「HOT試験中」のままなのである。
まとめ
トリチウムを含んだALPS処理水をどう扱うか、8月末に公聴会が開かれる。
しかし、トリチウム以外の濃度が高い核種について、公聴会の前に言及が無かった。
(この件に関しては、東京電力広報は8月20日の会見で「弊社の今までの説明が悪かった」と回答した。)
既存ALPSや高性能ALPSは使用前検査が終了しておらず、HOT試験中のままで、
その処理水を海洋放出するかどうかの議論、公聴会に入っていることも疑問である。
(この件は、「時系列的にしょうがなかった、使用前検査が終了前に公聴会になってしまった」と東京電力は回答した)
まだ、ALPS処理水に関しての問題は様々あるが、今後引き続きまとめる。
(DAYS JAPAN 2018年9月号にも、ALPS処理問題について別件をまとめているのでご覧頂きたい)
2014/8/24追記
HOT試験とは
施設や設備は、様々な試験を繰り返して安全性を確認する。
初めから放射性物質を含む試料を用いて試験すると汚染してしまうので、最初はCOLD試験といって、放射性物質を含まない模擬試料を用いて手順の確認や漏えい検査を行う。
その後、放射性物質を含む試料で行う試験を、HOT試験という。
使用前検査とは
原子力施設・設備は、「設置許可基準審査」「工事計画審査」「保安規定審査」を同時並行で行い、まず許認可を得る。
その後、原子力規制委員会の原子力施設検査官の立ち合いのもと、「使用前検査」を行い、合格して初めて、施設の使用が可能となる。
施設が稼働して後、年4回の保安検査や、定められた時期ごとの定期検査を受けねばならない。
「使用前検査に合格した後でなければ、その施設を使用してはならない」と原子力規制庁のHPにあるように、使用前検査は最重要な位置づけである。
【イメージ図】
設置許可基準審査→許可
工事計画審査→認可
保安規定審査→認可
↓↓↓
使用前検査→合格
↓↓↓
保安検査(年4回)
定期検査(定められた時期ごと)
現在、福島第一原発は原発事故を起こしたため「発電用原子炉施設」ではなく「特定原子力施設」となっている。
しかし、「審査の許認可→使用前検査の合格→運用後の保安検査、定期検査」は同様の流れである。
2018/8/23東京電力定例会見にて
東京電力定例会見にて、筆者がいくつか質問したことの回答をまとめる。
なぜ高性能ALPSも使用前検査をうけていないのか?
既設ALPSだけでなく、高性能ALPSも使用前検査をなぜ受けてないか質問した。
既設ALPSは、B系のトラブルが多く、まだ使用前検査を受けるだけの対策がなされていない。
また、同時期・同様に施工されたA系・C系も共通要因故障を発生する可能性があり、施設全体としての使用前検査を受けるのは難しい。
しかし、唯一、使用前検査に合格している増設ALPSの後に作られた高性能ALPSも使用前検査に合格していないのはなぜか。
それは、前述の規制庁山形対策監と東京電力のやりとりにあるとおり、
高性能ALPSは施工直後は多少使用したものの、
500m3×1系統という作りで、大容量で保守点検がやりにくいという使いにくさから、あまり使用していない。
福島第一原発の中での優先度が低いもの、待機中として、使用前検査の準備をしてこなかったそうである。
既設ALPSのように問題があるわけではないので、今後、計画の中に入っているとのことであった。
使用前検査を実施しない代わりの3号検査(除去性能)は合格したのか?
2015年の資料を見ると、「3号検査(除去性能)のみを確認いただく考え」という一文がある。
ALPSの除去対象62核種のうち4核種が比較的高く検出されており、またALPS処理水の取り扱いについて公聴会が開かれる現況、
そのALPSの処理能力は大変に関心があるところだ。
ーー既設ALPSは使用前検査を受けておらずHOT試験中だが、除去性能の3号検査は合格したのか?
東京電力「除去性能の検査は受けていない。B系で不具合があり、復旧の最中である。」
ーー既設ALPSのB系の処理能力分析結果のデータが見当たらないが存在するか?
東京電力「今、まさにデータをとっているところである」(つまり存在しない)
ーー既設ALPSや高性能ALPSがHOT試験中のまま、使用前検査に合格していない状況で、処理水に関する公聴会が開かれるのはスケジュール的に東京電力としてどうとらえているか?
東京電力「ALPSについては除去能力があると判断しているので問題はない。」
ーー除去性能の3号使用前検査が未受験だが、何を根拠に除去能力があると?
東京電力「今ある社内データをお示しする。社内では除去能力があると判断している」
「トリチウム以外は除去できる」と説明を繰り返しながら、既設ALPSも増設ALPSもヨウ素129などは除去しにくいことは当初から分かっていた。
吸着塔の交換頻度を上げれば良い、と説明しながら、ではどのような状況になれば、出口水がどのような値になれば交換するのかと質問すれば具体的に分からないという回答。
既設ALPSは、除去性能に関する検査も未受験の状態で、社内データを示して理解を得ると説明。
トリチウム処理の議論を当初から取材しているが、ALPS処理水の公聴会を開催するのは、時期尚早、というか
議論するにもデータや説明がまだまだ足りないと感じている。
(許可の無い、全文の転載を禁じます)