3行まとめ
・トリチウムの排水中の告示濃度限度は6万Bq/L。
・福島第一原発では、現在、地下水バイパスとサブドレンから汲み上げた汚染水を、運用目標としてトリチウムは1500Bq/Lまでに調整して港湾に排水。
(地下水バイパス:地下水バイパスから汲み上げた水を、処理施設は通さず、濃度の濃いものと薄いものを混合してトリチウム1500Bq/L以下になるように調整して排水)
(サブドレン:サブドレンから汲み上げた水を処理設備に通しトリチウム以外の核種を処理した後、排水。トリチウムに関しては濃度の濃いものと薄いものを混合して1500Bq/L以下になるように調整。)
・告示濃度限度6万Bq/Lのものを、運用目標1500Bq/L以下にしているのは、感情的に低くしているのではなく、他の核種や排水以外の影響を考慮した計算結果によるものである。
「なぜ6万㏃/Lのものが、福島だけ1500Bq/Lになっているのか? 厳しすぎないか? 風評被害に考慮してなのか?」
7月13日の「第9回多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」で、1人の委員からこのような質問が上がった。
ALPS処理水に関しての公聴会が開催される直前の委員会である。
公聴会で配布される資料案が提示され、それに関する議論の中である。
筆者は耳を疑った。
2016年から始まっている小委員会で、今さらこのような質問が出てくるのか?
さらに、驚いたことに、この質問に対して、原子力規制庁、経産省資源エネルギー庁、東京電力の誰1人答えられなかったのだ!
余りにものことに、筆者が僭越ながら回答しようかと思っていたところ、小委員会の委員の1人、森田貴己委員が
「僕が答えるのも筋合いが違うんですけど…」と言いながら説明されたのでホッとした。
森田委員は、小委員会の前段のトリチウム水タスクフォースの委員でもあり、このあたりの経緯はきちんと把握しておられる。
「トリチウムの告示濃度限度6万㏃/Lに対して、福島第一の排水の運用目標が1500Bq/Lというのは、何も感情的に厳しく決めたわけではありません。敷地境界に寄与する線量を考慮したとき、当時は全βの線量が高く、トリチウムに割り当てられる線量が低かったんです、きちんと計算して1500という数字を出しています」
この委員会が終ったあとの、経産省資源エネルギー庁の事務局へのぶら下がり囲み取材のときに筆者は質問した。
ーーなぜ運用目標1500Bq/Lの根拠について、誰も答えられなかったのか? 規制庁もエネ庁も東電も誰も答えられず、委員が答えるというのはおかしくないか?
エネ庁「規制庁は、室長代理だったせいか把握していませんでしたね、うち(エネ庁)は、答えようとしたんですが、もうその前に森田さんが説明されてしまわれたので…」
ーーいや、森田委員は、かなり待ってから説明されていた。最初、規制庁が説明したが答えになっておらず、次に東電が言及しても根拠の説明ではなく、そうしてしばらく間があり森田委員が解説してたが?
エネ庁「いえ、うちは把握していました、説明はできました」
ーー2016年からこの小委員会が発足しているが、公聴会での資料案を議論する前に、そもそも、委員の中でトリチウム運用目標1500Bq/Lの根拠を共有していないのか?
エネ庁「知っている人もいると思いますが… 確かにこういう質問が出たので、情報として出すべきだったかもしれません」
結果的に、公聴会の資料にも追加されることは無かったので、筆者がまとめることにした。
1500Bq/Lは地下水バイパスの運用目標を決めたときに作られた
原子炉建屋の山側に井戸を掘り、地下水をくみ上げ、それを港湾に排水するのが「地下水バイパス」の計画である。
(建屋の山側の地下水は汚染が低いと考えられていたが、それより上流のタンクエリアから高濃度汚染水の漏えいが相次ぎ、結果、地下水バイパスの汲み上げ水にも想定以上の汚染が含まれている)
12個の井戸(地下水バイパス)から汲み上げた水を、一つのタンクにまとめ、その濃度が下記の運用目標以下であれば、港湾内に排水している。
(トリチウムが1500Bq/Lを超えている井戸は存在するが、他の井戸の汲み上げ水と混合することにより、結果、濃度が下がって排水しているのが原状である)
セシウム134、セシウム137は1Bq/L未満と低い数字であるが、全βは5Bq/L未満と高めの数字である。
これは、上流側のタンクエリアの汚染水が相次いで漏えいした際、全βに寄与するストロンチウム90の濃度が高い汚染水が大量に漏えいしてしまったためである。
(地下水バイパスの上流側に、ストロンチウム90を吸収するというアパタイトを埋め、「アパタイト壁」を作ったこともあった。しかし、アパタイト壁を施工したところは地下水の流路に無く、効果は薄かった)
1/60+1/90+5/30+1,500/60,000=0.22
運用目標を決めるのに、上記の式が重要であった。
汚染水に含まれる核種は1種類ではない。
数種の放射性物質が含まれる際に、どの核種をどれくらいまで許容するか。
それが「告示濃度限度比の和」という考え方である。
「告示濃度限度比の和」とは
1/60+1/90+5/30+1,500/60,000=0.22
この式の最初の項「1/60」とは、「セシウム134の濃度/セシウム134の告示濃度限度」ということである。
「1,500/60,000」とは「トリチウムの濃度(運用目標1,500)/トリチウムの告示濃度限度(60,000)ということである。
1/60+1/90+5/30+1,500/60,000=0.22
という計算式を見てもわかるように、全β(ストロンチウム90が大きく寄与)の「5/30」が0.1666…と最も大きい。
ストロンチウム90の告示濃度限度は30Bq/Lと最も厳しいのにも関わらず、影響が大きかったのである。
これが、森田委員の解説「当時は全βの線量が高く、トリチウムに割り当てられる線量が低かったんです」という意味だ。
しかし告示濃度限度比の和が「0.22」というのは低く感じられるかもしれない。
保守的に裕度を大きく取ったのかといえば、そうではない。
排水以外の線量への影響を考慮した結果、排水には「0.22(mSv/y)」しか割り当てられなかったのだ。
告示濃度限度とは
放射性核種の種類が明らかで、1種類である場合の放射線防護関係法令の排液中または、排水中の濃度限度は、この濃度の水を公衆が生まれてから70歳になるまでの期間飲料水として飲み続けたとき、平均線量率が1年当り1ミリシーベルトの実効線量限度に達するという安全的(保守的)モデルに基づいて計算された濃度である。
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=09-04-02-07 より
「0.22」の根拠とは
年間の敷地境界の「追加」線量が1mSvを超えないように放出管理が行われている。
(あくまでも「追加」線量である。福島第一原発の敷地境界は周辺のバックグラウンドの線量が高いため、敷地境界の線量は年1mSvではない)
さまざまな線源からの影響を考慮した結果、排水に割り当てられた線量が「0.22(mSv/y)」だったのだ。
各施設からの直接線・スカイシャイン | 0.58(mSv/y) |
構内散水に起因する線量 | 0.066(mSv/y) |
液体廃棄物の排水に起因する線量 | 0.22(mSv/y) |
気体廃棄物の放出に起因する線量 | 0.03(mSv/y) |
(サブドレンの排水は、地下水バイパスの運用目標をそのまま流用して、港湾内に排水している)
まとめ
このように、福島第一原発でのサブドレンや地下水バイパスの、排水の運用目標:トリチウム1500Bq/Lというのは、他の核種や線源を考慮して導かれた数字である。
地下水バイパスが始まった2014年から状況も変わっているので、現在同じような評価をすれば、もう少しトリチウムに割り当てられる数字は大きくなることが予想される。
しかし、単純に「告示濃度限度は6万Bq/Lなのに、福島第一は厳しく1,500Bq/Lで排水している!」というものではない。
にも関わらず、そのような意見が検討会や委員会の中で出てくるのは非常に残念で、まともな議論ができるとは思えないのは筆者だけだろうか。
また、ALPSでは処理しにくい核種(ヨウ素129など)も存在するが、東京電力は会見での説明で「告示濃度限度以下なので」と繰り返すのみであった。
重要なのは「告示濃度限度比の和」である。
告示濃度限度以下であっても、1つの核種で告示濃度限度に近くなってしまった場合、トリチウムに割り当てられる線量がまた小さくなる。
なので、ALPSで処理しにくい核種が、告示濃度限度比の和にどのように影響するかも重要な点で、その部分が説明や資料に無いということは、また残念な部分である。